今回は、2月2日に日本語版がリリースされたSFアドベンチャー「シチズン・スリーパー」のクリアレビューとなります。2022年の発売以来、特徴的なアートスタイルやアンビエント風のサウンドトラック、そしてなにより、社会の辺境で生きる人々を丁寧に描いたストーリーが高く評価される本作。2022年の「The Game Awards」では、社会的な意義やメッセージを持ったゲームを表彰する「Games for Impact」にもノミネートされています。
また、高い評価から既に続編も発表されているなど、個人的にも興味を持っていた作品ですが、これまで日本語がサポート外のため触れられずにいました。同じように、ヤキモキしていたインディーゲームファンの方も多いと思います。今回、遂に日本語版がリリースされた本作の魅力や気になったポイントを忌憚なくお伝えしていきます。それでは、早速内容に入っていきましょう。
『シチズン・スリーパー』のポイント
サイバーパンク好き必見のビジュアルノベル
ダイスで運命を決める刺激的なゲームサイクル
素晴らしいテキストセンスと抜群の翻訳
ずっと聞いていたいインダストリアル・ミュージック
『シチズン・スリーパー』とは?
まずは、日本語ローカライズ版が発売されたばかりで、国内知名度も低いと思いますので、作品概要から紹介していきましょう。
『シチズン・スリーパー』は、2022年にリリースされたインディーゲームで、「The Game Awards」をはじめとして、12のゲーム賞でノミネートされるほど高く評価されています。ゲームを手がけるのは、同じく高く評価された海洋アドベンチャー「In Other Waters」でも知られる、ガレス・ダミアン・マーティンさんの個人スタジオ・Jump Over the Age。
ゲームは「テーブルトークRPG」のニュアンスを取り入れたビジュアルノベルとなっており、プレイヤーは宇宙の辺境に位置する宇宙ステーション・アーリンの瞳で生き抜くことを目指していきます。「サイバーパンク」風のアートスタイルからも分かるように本作では、遠い未来を舞台としており、行き過ぎた資本主義に苦しむ市民や、代替可能なモノのように扱われるブルーカラーの人々と出会い、自分のアイデンティティや目的を見つけながら運命を切り開いていきます。
また、「テーブルトークRPG」と紹介したように『シチズン・スリーパー』では、選択肢を選ぶ際など、ノベルゲームとしてのアクションを起こす際は、ダイスを振ることになります。「TRPG」や「ダイス」と聞くと、馴染みが薄いユーザーにとってはハードルのように感じると思いますが、これらの要素はあくまでも、ゲームの世界観を強調するフレーバーのような役割となっています。実際のプレイフィールとしては、洗練されたテキストと上質な翻訳によるテキストに重きを置いたビジュアルノベルとなっています。
後ほど詳しく見ていく様に、ゲーム性こそシンプルではありますが、宇宙ステーション・アーリンの瞳での生活感覚、環境音や上質なBGM、そこで出会う様々なキャラクターとの交流、そして自分自身のアイデンティティを探求する旅を通じて、豊かで稀有なナラティブを提供します。
上質なサイバーパンク・ビジュアルノベル
続いては、ゲームの根幹にあるシナリオについて、もう少し詳しく見ていきましょう。
既に紹介したテーマ性などからも分かるように、本作は、宇宙ステーション・アーリンの瞳を舞台に、哲学的なテーマを探求するサイバーパンク・ビジュアルノベルです。
プレイヤーはデジタル化された人間の精神を持つ生命体、スリーパーとしてゲームを進めていきます。スリーパーは、人間のコピーとして「人格」を持っていますが、巨大テック企業エッセンアープ社によって造られた人工の生命体であり、身体(しんたい)を維持するには特殊な薬剤が必要です。
エッセンアープ社から逃れ、流浪の身となったスリーパーは、資源が限られたアーリンの瞳で、仕事と食料を求め、生き延びる方法を探さなければなりません。ゲームでは、必死に生きようともがく中で、様々な背景を持つ住民たちと出会っていきます。権力に反骨精神を抱くシステム技師、素性の怪しい医者、金の為にプレイヤーを付け狙う賞金稼ぎ、さらには喋る自動販売機まで、それぞれがスリーパーと同じように、社会のせめぎ合いに苦心し、苦悩を抱えています。
これらのキャラクターとのやり取りを通じて、プレイヤーは自身のアイデンティティや依り代を求める生活を続けていくのです。テクノロジーに支配された世界での人間の存在意義や人間らしさを考察する上質なサイバーパンクとなっています。
強烈な資本主義社会で生きること
・ ダイスで決めるゲームサイクル
続いては、少々独自性の強いゲームサイクルについて見ていきましょう。さきほど、紹介したように、プレイヤーの主な目的は、エッセンアープ社からの追跡を避けつつ、アーリンの瞳で生き延びることになります。
ゲームの開始時には、プレイヤーは「機械工」・「採掘人」・「操縦士」の3つのクラスから自身のスリーパーを選択します。また、スリーパーは「技術・電脳・忍耐・直感・交流」の5つのカテゴリに分かれたスキルを有しており、ゲーム進行で得られるスキルポイントによって強化も可能です。
また、ゲームは「サイクル」と呼ばれる単位で進行し、「サイクル」のはじめには画面上部のダイスが振り分けられます。プレイヤーは、宇宙ステーションを探索し、ダイスの個数分だけアクションを実行できます。ダイスを使い終えた後、拠点に戻ってサイクルを終えることで次のサイクルへと進みます。
ゲームでは、アーリンの瞳で生きる人々と出会うことで、ときに「ドライヴ」と呼ばれるクエストのようなイベントが発生します。プレイヤーは、これらのクエストを解決していくことで物語を進行させ、各キャラクターの抱える苦しみや世界の謎、そして自分自身の謎を解き明かしていきます。ゲームでは、マルチエンディングが採用されており、人々と交流を深めることで、プレイヤーの理念に見合ったラストを迎えることになります。
・「TRPG」としては没入感に欠ける部分も
ゲームの根幹にある「ダイス」や「スキル」といった要素は、ステーションで生き抜く、ある種のサバイバル要素ではありますが、その没入感については評価が分かれる部分もあります。特に、気になるのはスリーパーの「活力ゲージ」と「状態ゲージ」の管理要素です。ゲームでは画面上部に、いわゆる空腹状態を意味する「活力ゲージ」と、「サイクルの経過」で劣化していくスリーパーの肉体を意味する「状態ゲージ」が用意されています。
生きるのもやっとな世界ですので、これらのゲージ管理は難しそうに思えますが、実際には危機的な状況に陥ることは少なく、あくまでゲームのフレーバーとしての役割に留まっています。例えば、序盤こそ「状態ゲージ」を回復するための薬品を購入するために何サイクルか仕事をする必要があるなど、多少のサバイバル感も感じられます。ですが、序盤を越えると、容易な金策、自力で「状態ゲージ」を回復できるアイテム、果てはダイスを振り直せるスキルなど、ほとんど生活に困らなくなります。結果「どこからきて、どこへいくのかも分からない社会」というテーマ性や世界観でありながら、ユーザーは生活に困っていない、という少々不均衡さが目立つようになります。
とはいえ、何度も言うように本作で重視されているのは、ビジュアルノベルとしての魅力です。あくまで、これらの「TRPG」要素はフレーバーであり、独創的な世界観やシナリオ、キャラクターの掘り下げこそが、多くのプレイヤーにとって魅力的な体験を提供しています。
総合芸術として優れたゲームデザイン
・ テキストのセンスと抜群の翻訳について
続いて、ぜひとも強調したいのが高品質なテキストや翻訳です。
本作のテキストは三人称視点で書かれており、キャラクターの細かな状況描写が豊富に含まれています。また「サイエンス・フィクション」、特に「サイバー・パンク」の世界観を色濃く反映させた作品ですので、キャラクターの「自我」といった人間本性に迫るテーマや「資本主義の限界」のような社会的なモチーフも多分に含まれています。
そのため、SF的な世界観に馴染みのないユーザーにとっては、難解な部分もありますが、ちょっとしたテキストの機微や繊細さ、そしてなにより原文のニュアンスを捉えた素晴らしい翻訳によって、多くのユーザーにとってアクセスしやすいものになっています。
・ 素晴らしいサウンドトラック
少々の衒学的な言い回し、最高のアートスタイルによって、SF小説やアメリカ文学の読者としてはテンションが上がる本作ですが、それに加えて、素晴らしいのはエイモス・ロディさんの手がけるサウンドトラックです。
ダーク・アンビエントやインダストリアル・ミュージックのニュアンスを含んだ旋律と環境音、ノイズの調和は、本作の雰囲気をより豊かにしています。例えば、本編中は、プレイヤーが訪れるエリアに応じて、排気音や喧噪がループして流れています。ですが、選択肢や特定の行動のタイミングで、サウンドがシームレスに切り替わりサウンドトラックが流れるように設計されています。この音楽の流れるタイミングも完璧で、プレイヤーをゲームの世界に深く没入させます。個人的に好きなサウンド作りということもありますが、久しぶりにゲームクリア後もずっと聞けるサウンドトラックに出会え嬉しい限りです。
少々気になる不具合について
ここまで見てきたように、本作のゲームデザインやシナリオは人を選ぶ部分も大いにありますが、テキストや世界観の魅力に惚れたのであれば、確実に満足できる体験となるでしょう。最後に、クリアまでプレイした上で気になった不具合や知っておきたいことを簡単に紹介していきます。
まず、ゲームプレイの不具合として指摘したいのは、「エラー落ち」についてです。今回のレビューでは、Nintendo Switch版をプレイしていますが、10時間程度のゲームプレイの中で10回ほど「エラー落ち」を経験しました。本作は、選択肢の度にオートセーブされる設定なので、直接的にゲーム進行が巻き戻る、のような被害はありませんが、没入感を削ぐので早急にアップデートをしていただきたい箇所です。
特に、エンディングのスタッフロールは、高い再現度で「エラー落ち」が発生するので、せっかくの余韻が少々もったいなく感じます。また、ゲーム中は基本的にロードはないのですが、ゲーム開始のロードがなんと約1分10秒とちょっと不安になるくらい長いため、「エラー落ち」と相まって少々気になるポイントです。
ちなみに、おそらくアップデート等で解消されると思いますが、テキストの中にはフォントの非対応によるものか、文字化けが数カ所見受けられます。こちらは気になるほどではありませんが、知っておきたいこととして指摘しておきます。
結語
いかがでしたでしょうか。
ゲームが総合芸術の一形態として認識される現代において、『Citizen Sleeper』はその芸術性の高さで際立つ作品です。印象的なアートスタイル、心に響くサウンドトラック、詩的で美しいテキスト、複雑で質の高いストーリー、そして社会批評の鋭いメッセージは、ゲームがもつ多面的な表現力を見事に示しています。
特異な体験を提供する『Citizen Sleeper』が全てのプレイヤーを満足させることは難しいかもしれませんが、その独自性や読後感は、インディーゲームを愛するユーザーにとって、忘れがたい作品になると思います。
このチャンネルでは、最新ゲームのレビューや、ゲーム紹介動画を投稿しています。ぜひチャンネル登録・高評価よろしくお願いいたします。最後までご視聴ありがとうございました。