今回は、8月30日に発売された35年ぶりの完全新作『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』のクリアレビューです。2021年のリメイクに続く完全新作としてシリーズファンにとって待望の本作。シリーズの伝統を受け継ぎながらも、現代のゲームデザインにアップデートされた本作は、謎めいた殺人事件と都市伝説・笑み男をテーマに進行していきます。
結論としては、続編が登場したことは本当に嬉しい反面、物語やゲームプレイについては、疑問点・消化不良な点も多くあります。それでは、詳細なレビューに入っていきましょう。
『ファミコン探偵クラブ 笑み男』のポイント
約35年ぶりの完全新作の登場!
謎めいた都市伝説と殺人事件が交差する物語
ADVファン必見のフルボイス × 豪華なビジュアル表現
『ファミコン探偵倶楽部』とは
・ 任天堂のレジェンドが作り上げたアドベンチャーゲーム
まずは、35年ぶりの完全新作となりますので、『ファミコン探偵倶楽部』の作品概要から紹介していきましょう。シリーズの第1作『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者』は、1988年にファミリーコンピュータ ディスクシステム向けに発売されました。プレイヤーは「空木探偵事務所」(うつぎたんていじむしょ)の若き探偵として、所長の空木俊介や同僚のあゆみと共に、事件に挑み、謎を解いていくコマンド選択型のアドベンチャーゲームです。
また、シリーズの誕生には、かつての任天堂のレジェンドが多く携わっています。当時、プロデューサーを務めたのは「ゲーム&ウォッチ」や「ゲームボーイ」を手がけ、任天堂を支えた横井軍平さん。そして、ディレクターには横井さんの盟友であり「ゲーム&ウォッチ」から「ニンテンドーDS」まで、任天堂の携帯ゲーム機開発の中心人物であり続けた岡田智(さとる)さんです。また、本作の原作・プロデューサーには、現在では『メトロイド』シリーズで知られる坂本賀勇さんが参加しています。ちなみに、坂本さんは、本作に携わる前に、任天堂とスクウェア(現スクウェア・エニックス)が共同開発した『中山美穂のトキメキハイスクール』(1987年)というアドベンチャーゲームの開発に携わっていました。
https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/slsjr3oj/vol1/index.html
同作で、坂本さんはディレクター・シナリオを担当しており、そこでの難航した開発経験から生まれたアイデアを基に、本作のストーリーやゲームデザインを手がけたといいます。とはいえ、それ以外にシナリオに関する経験はなかったようなのですが、ゲーム製作の指針となる小説を坂本さんが執筆し『ファミコン探偵倶楽部』の制作が進んでいったと云います。
・35年ぶりの完全新作
ちなみに、『ファミコン探偵倶楽部』の誕生には、あの国民的RPGの生みの親・堀井雄二さんが関係しています。というのも『ドラゴンクエスト』の生みの親として知られる堀井雄二さんは、1983年に当時のマイコン向けに「アドベンチャーゲーム」をたった一人で開発しています。それが、1985年にファミコンにも移植された『ポートピア連続殺人事件』です。
現代を舞台とする推理物、小説仕立てのストーリー、ドンデン返しのラストなど『ポートピア連続殺人事件』の革新性は凄まじく、坂本さんも「こういうものを1回つくってみたい」と思うようになったといいます。(https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/slsjr3oj/vol1/index2.html)時を同じくして『ポートピア』を知ってか、横井さんが「『ファミコン少年探偵団』というタイトルのゲームをつくる必要がある」と言い出したことで、企画が動き出すことになりました。
シリーズは、1988年に第1作『消えた後継者』が、1989年に第二作『うしろに立つ少女』がディスクシステム向けに発売されました。1998年には『うしろに立つ少女』のリメイク版がスーパーファミコン向けにリリースされています。そして、2021年にはNintendo Switchで2作品のフルリメイク版が登場しました。
リメイク版は、『STEINS;GATE』や『CHAOS;HEAD』といった「科学アドベンチャーシリーズ」、近年では『岩倉アリア』など幅広いジャンルのアドベンチャーゲームを手掛けるMAGES.が手がけています。当時の雰囲気を大切にしつつも、ビジュアルやボイス、UIなどが大幅に強化されました。今回発売された『笑み男』は、2021年のリメイク版に続く形で、シリーズの36年ぶりの完全新作として登場しました。第1作では横溝正史の作風を、第2作ではダリオ・アルジェントの作風を踏襲し、今作では「都市伝説」をテーマにしています。(また、サテラビュー作品として、三作目もリリースされています。)
都市伝説と事件が交差するシナリオ
・ 「笑み男殺人事件」
それでは、作品の根幹でもあるシナリオについて見ていきましょう。『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』は、都市伝説と現実の事件が絡み合う奇妙なシナリオとして展開されます。物語は、主人公とヒロインの橘あゆみが、空木探偵事務所で探偵として日々の仕事をこなしていたある日、一本の電話がかかってきたことで動き出します(なお、二人が探偵になるまでの経緯は『消えた後継者』や『うしろに立つ少女』で描かれています)。
主人公は、その電話を受けて、香福町の山奥にある排水ポンプ場で発見された男子中学生の絞殺事件を調査することになります。遺体には、首を絞められた痕が残されていましたが、それ以上に異様だったのは、遺体の頭部に「笑顔が描かれた紙袋」が被せられている、という奇妙な状況です。
また、この不気味な状況は香福町にとって初めてのできごとではなく、18年前に発生した「連続少女殺人事件」の被害者たちと酷似していました。18年前の事件では、複数の少女が連続で殺害され、同様に紙袋を被せられて殺害されていましたが、事件は未解決のまま18年が経過していました。
ここまでですと、模倣犯の犯行にも思えますが、実はそれほど単純ではありません。というのも、18年前、当時の警察は過度なゴシップ化・模倣犯を未然に防ぐため、被害者が「紙袋を被せられた状態」で見つかったという点は公にはしていませんでした。それにもかかわらず、今回の事件でも同様の手口が用いられたことから、警察は同一犯の可能性を視野に入れ、再び捜査を開始することになります。
その矢先、ある「都市伝説」が流布しているという情報が入ります。それがタイトルにもあるタイトルにもある「笑み男」です。都市伝説の「笑み男」は、笑顔が描かれた紙袋を被った不気味な人物で、泣いている少女の前に現れ「永遠の笑顔をあげる」と言って少女を絞め殺し、同じ紙袋を被せて立ち去るというものです。まさに、18年前の未解決事件とも、今回の事件とも一定の符号を持つ奇妙な内容です。
男子中学生の死から始まった調査を起点に、18年前の連続殺人事件、都市伝説「笑み男」、それぞれの手がかりが結びつくことで事件は進展していきます。プレイヤーは証拠を集め、関係者の証言を元に推理を進めながら、事件の謎を解き明かしていきます。
・コミカルなキャラクターと明朗なミステリ
『ファミコン探偵倶楽部』といえば、ホラータッチの作劇が印象的ですが、コミカルなキャラクター描写も特徴の一つです。本作『笑み男』では、テーマこそこれまで以上に重厚ですが、シリーズお馴染みのコミカルな要素や小ネタも健在です。
たとえば、調査の中で、何度も車に乗せてもらったり、一緒に居酒屋にいったりと、主人公の悪友的な存在・神原大輔は、軽率な言動で先輩刑事の久瀬純子に度々絞られていますが、コミカルな振る舞いや直感的な発言で一目置かれる人物です。また、あゆみの視点から調査を進めるパートでは、彼女の中学時代の先輩である福山翼という教師が登場しますが、あまりに純情派な熱血漢で存在自体が笑えます。
他にも、本作では携帯電話も登場するのですが、あゆみに電話をかけたり、警察に電話したりと、ストーリー進行に応じた小ネタも仕込まれています。どちらかと言えば、ヘビーなテーマ性ではありますが、このようなコミカルな要素が物語に絶妙に織り込まれており、重厚さと軽妙さが適度なバランスで共存しているのが本作の魅力です。
併せて、ミステリーとしても、わかりやすい伏線やヒントが巧みに配置され、それらが徐々に繋がっていく過程が非常に魅力的です。物語は適度な「疑問」や「矛盾」をプレイヤーに突きつけながら、それらを伏線として回収していき、テンポの良い展開が意識されています。ただし、最終的な結末や「笑み男」に繋がる手がかりは謎を深めるように構成されており、予測不可能な展開がプレイヤーを驚かせる仕掛けが施されています。アドベンチャーゲームとして、良質なミステリーとして、息をつかせぬ緊張感に満ちた物語が展開されます。
古典的ながら丁寧なゲームデザイン
続いて、ゲームデザインやプレイサイクルについて見ていきましょう。
ここまでの紹介でも分かるように、本作は、2021年のリメイク版のデザインをしっかり受け継いだ、オーソドックスなアドベンチャーゲームとして設計されています。近年、一口で「アドベンチャーゲーム」といっても、3Dだったり、色々なジャンルが混ざり合っていることも多いですが、本作はシンプルな「コマンド選択型」で、昔ながらの味わいを楽しめます。
ゲームプレイは至ってシンプルで、画面の指示に沿って「移動する」・「聞く」・「呼ぶ」・「見る・調べる」などのコマンドを選んで、プレイヤーの行動を決定していきます。特に「見る・調べる」では、画面に虫眼鏡が出現し、気になる場所をじっくり調べることで物語が進展することもあります。ちなみに、「推理ゲームって難しそう…」と身構える方もご安心ください。ゲームでは、推理コマンドに表示される選択肢をすべて試すことが基本となっており、ゲームが「詰む」ことはほとんどありません。特に、本作では、次に何をすべきか迷わないよう、重要なヒントや単語が強調表示されていて、サクサク進める工夫も施されています。オリジナル版からこのプレイスタイルは継承しているので、少々クラシックに感じる部分もありますが、古典的なアドベンチャーとして丁寧に作り込まれています。
また、リメイク版から標準搭載ですが、現代のアドベンチャーゲームに欠かせない便利機能も完備しています。 スキップ機能(強制/オート)やバックログ、オート再生、オートセーブなど、快適に進めるためのツールがしっかり揃っています。「コマンド選択型」の作品に馴れていないと、総当たりなプレイスタイルに少々戸惑うかと思いますが、ストレスなくプレイできる環境が整っています。
シナリオやゲーム体験について(ネタバレあり)
ここからは、シナリオやテーマ性について詳しく見ていきます。ストーリーのネタバレが含まれますので、視聴の際はご注意ください。
まず、クリア後の率直な感想として、一定程度の満足感もありつつ、全体を通して「煙に巻かれた」ような印象を抱きました。それは、事件そのものの「疑問」もありますが、それだけでなくゲームプレイとして気になる点、あるいは、プレイ中に期待していた「都市伝説」そのものへの言及も少なく、消化不良のように感じたということです。どういうことか具体的に見ていきます。
思うに、本作には大きく分けて2つのテーマが存在します。一つは、18年前の事件、当時の行方不明者、そして今回の事件を内包する「笑み男殺人事件」(作品内で定義はされていませんが、便宜上そう呼びます。)。もう一つは、空木探偵が劇中で何度か言及する、都市伝説としての「笑み男」の成立や伝播の謎についてです。
「笑み男殺人事件」
1. 「笑み男殺人事件」についての疑問
第一に、「笑み男殺人事件」に関する疑問点やゲーム体験として気になった点を見ていきます。
単純に、ミステリ・事件モノという観点から感じた疑問ですが、例えば、冒頭で死亡した男子中学生の事件について。事件は、現場に凶器が残されていない点、彼の頭に「笑顔が描かれた紙袋」が被せられていたことで、18年前の事件と関連付けられ「絞殺事件」として調査が進行します。しかし、物語終盤で実際には自殺であったことが判明し、別の人物によって「笑み男」と関連付けられるように仕組まれていたことが明らかになります。
ここで問題になるのが、法医学的に絞殺と縊死(首吊り)が区別できるという点です。単純に索状痕(さくじょうこん)の方向が異なるため、鑑識がこれを見逃すのは非常に不自然です。たとえば、横溝正史作品であるような、村や集落といった「閉鎖的な舞台設定」で検死ができないなどの事情があれば納得できますが、鑑識が詳しく調査した上で判断を誤るのは疑問が残ります。特に、作品中は携帯電話が登場しているなど、舞台設定が1990年代以降(おそらく1991年〜1992年)であることを考えると、鑑識の判断があまりにも軽薄に感じられます。実際の犯罪死の見逃しに関する研究を参照してみても、その誤認は極めて稀であることがわかります。
他にも、事件の終盤で主人公が聞き込みを深める中で、事件の重要参考人の二人の居住地が分かる、という展開があります。これについても、なぜ警察が、これだけ分かりやすい聞き込みを見逃していたのか、という疑問が残ります。
確かに、物語の序盤は中学生の事件と18年前の事件とが結びついている点が警察内で重視されていないという説明はあります。ですが、中盤では「紙袋」の件が大きくニュースで報道され、街でも騒ぎになっていると状況が変化していきます。このような状況においても、警察が捜査に消極的である、という展開は不思議に思います。
ご都合主義的な展開に対して嫌悪感を抱いているということではなく、プレイヤーが「これくらいは鑑識に見抜かれるだろう」と推理から省いていた点が解答になっていたり、「なぜ警察ではなく探偵がここまで調査できてしまうんだろう」と疑問を抱かせてしまう、全体の説得力の無さが気になりました。
2. ゲームとしての気になる点
また、ゲームデザインとして気になったのは、物語の終盤における「調査をやめる」というコマンドです。物語のクライマックスで、プレイヤーが犯人にたどり着いた際、居合わせた刑事から立ち去るように指示されます。この場面で「調査をやめる」というコマンドを選択しなければシナリオが進まないのですが、この選択肢は普段はセーブや中断を意味するコマンドです。この場ではメタ的な仕掛けとして使われ、探偵としての「調査をやめる」という意味を持たせています。
とはいえ、この「調査をやめる」ことが、ほぼ最後のプレイヤーの操作となるので、ゲーム体験としての意義が失われているように感じます。各章のラストでは、推理と称して事務所でこれまでの事件を振り返ることになりますが、最終章においては最後の選択肢が「調査をやめる」という能動性の放棄である点は残念に思いました。
併せて、ストーリーのボリューム配分も指摘しておきたいポイントです。プレイ時間はおおよそ10時間ほどで、アドベンチャーゲームとしては極端に短いわけでもありません。しかし、プレイ時間の多くを占める福山先生や神原刑事との会話シーンの充実感と比べて、実際の捜査・手がかりを積み重ねていくような展開は少ない印象です。推理や物語の起伏という観点では、やや単調でボリューム不足に感じられたのも事実です。
都市伝説「笑み男」の成立と伝播の謎
そして、作品に通底するもう一つのテーマが、都市伝説としての「笑み男」と、それがどのように成立し伝播していったかに関する洞察です。個人的に、発売前のトレイラーや体験版をプレイする中で「笑み男殺人事件」の行く末も気になりますが、むしろ都市伝説の成立こそ本作が真に伝えたいテーマだろうと考えていました。実際、「笑み男」のクリア後には都市伝説の元になった「都築実」に焦点を当てた「ミノル」というエピソードが始まります。
しかし、この「ミノル」のエピソードは全体で30分程度のテキストとアニメーションで構成されており「笑み男殺人事件」を補完する役割にとどまっています。結局のところ、都市伝説の成立について深く掘り下げることはなく、都築実の生い立ちを調査するに留まり、都市伝説がどのようにして伝播していったかについては言及されていません。
ゲームの最後に、空木探偵は「どこかで都市伝説『笑み男』の誕生を防ぐことができたのではないか」と語ります。これは、口承伝承を担う群衆の責任を問いかけているかのように感じられます。個人的には、この部分こそが本作がテーマとして打ち出すべきポイントだと思っていました。坂本さんがインタビューで言及していた「賛否両論のテーマ」がここにあると期待していたのですが、結果としては悲劇的エピソードに収斂し、事件を俯瞰する視点が欠けてしまっています。そのため、物語はよくある話に落ち着き、少々肩透かしを食らった印象です。
思うに、本作はヴィクトル・ユーゴーの小説『笑う男』の社会批判的な要素や、横溝正史の『悪魔の寵児』に登場する「雨男」などの怪奇小説の要素を取り入れているようですが、都市伝説の誕生に関するテーマが十分に整理されていないため、物語全体のテーマ性が軽く感じられます。このテーマが掘り下げられないことが、物語全体に曖昧さを残している大きな課題となっています。
結語
いかがでしたでしょうか。
物語のあらすじや、世界観は、シリーズらしさと新規性も感じられ、アドベンチャーゲームファンとしては、興味深く感じる部分も多くありました。一方で、もう少し詳細に事件を探ってみると、展開に曖昧さが残り、肩透かしを感じる部分もあったのは否めません。特に、作品の重要なテーマである、都市伝説の成立や伝播に関する掘り下げも不十分な点も気になります。
また、シナリオの後半では、プレイヤーの推理や選択の能動性が弱まり、探偵としての意義が薄れていく展開にも不満が残ります。シリーズファンにとっては懐かしさと楽しさを感じさせる部分もあるものの、期待していたテーマ性や深みを求めるプレイヤーには物足りなさが残るかもしれません。